「物理学はいかに創られたか(上)」に記されたアリストテレスの思想。
アリストテレスの記した原著にはどう書かれていたのか。原典を尋ねた軌跡、その2
これまでのあゆみ
「物理学はいかに創られたか(上)」という本をきっかけに、アリストテレスの思想が実際にはどういう言葉で語られていたのか、えっちらおっちら調べています。以下これまでのあゆみです
ほんとのところ、英訳版からラテン語版を挟んで古代ギリシャ語に参りたかったのですが、残念ながらネット上にはラテン語版「Physica」を見つけられませんでした。書籍ではオックスフォード大学出版局のものがあるようです。いつか拝見してみたいですね
原本はいずこへ
さて、なんとなくではありますが、読むべき文章の場所の目処がついたのでした
ではアリストテレスが書いた「Φυσικῆς Ἀκροάσεως」の原本はどこにあるのでしょうか?
誰かがどこかで保存しているのか。そもそもこの世に存在するのか、しないのか……調べてみましたが、ネット上には確かな情報が見当たりませんでした。かなり昔のものですから、散逸してしまったのでしょうね。それにしても原本について何の手がかりも掴めなさすぎて、アリストテレスも「自然学」も実はないものだったり…とあらぬことが頭をよぎってしまいました
残された底本
Immanuel Bekker(イマヌエル・ベッカー)というドイツの古典文献学者が、アリストテレスの著作の写本を残しています。いわゆる底本(そこほん)です
前回の記事の終わりに「文章に印が振られている」と書きましたが、実はこれはベッカーが考案したものだったのです。その名も「ベッカー数(Bekker numbers)」と呼ばれるもので、ページ数、左右欄区別(左欄はa, 右欄はb)、行数をひとまとめにして書きます
Grahamによる翻訳で確かめてみると、目当ての文章は、底本251ページ左欄のだいたい26から28行目っぽいな、というのがわかります
底本を見てみる
なんと、Bekkerによる底本らしきものがネット上で見られます。それから、Wikisourceにもギリシャ語版の「自然学」があります
The Physics : Aristotle : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
底本で251ページを見てみると、ページ上部に「Θ」という文字が入っています。そして前のページには「H」と「Θ」の区切りがあります。251ページは第8巻のはずですが、「Θ」はギリシャ語の9にあたるので何だかおかしいなあと思ってしまいます。でも、250ページに巻の区切りがあることや行数の具合から見て、やっぱりここが第8巻でまちがいない気がします
下に251ページ左欄の26から28行目にある文章を引用してみます
ἦν γώρ τι αἴτιον τῆς ἠρεμίας᾽ ἡ γώρ ἠρέμησις ςέρησις τῆς κινήσεως. ὥςε πρὸ τῆς πρώτης μεταβολῆς ἔςωι μεταβολὴ προτέρω.
The Physics : Aristotle : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
ふつうにコピペしているだけなので、文字化けじゃないですが、もしかしたら表記がおかしくなっているかもしれません。如何せんギリシャ語の知識がないもんで、表記がおかしくなっていても気がつかないのです。無鉄砲でごめんなさい
せっかくなので、Wikisourceの同じ箇所も引用してみます
ἦν γάρ τι αἴτιον τῆς ἠρεμίας· ἡ γὰρ ἠρέμησις στέρησις κινήσεως. ὥστε πρὸ τῆς πρώτης μεταβολῆς ἔσται μεταβολὴ προτέρα.
Φυσικής Ακροάσεως-Βικιθήκη(Wikisource)
微妙にちがいますね
おさらい
アインシュタインとインフェルトの著作を石原純氏が邦訳した、「物理学はいかに創られたか(上)」という本があります。そしてこの本に、次のようなアリストテレスの思想が記されていたのでした
運動体はこれを押す力がその働きを失った時に静止する
アリストテレス「力学」
この引用の原本を読んでみたい、と思ったのです。そして何も知らないギリシャ語の文献をあたる前に、英語版「Physics」を見てみることにしました。全8巻あるうちの第8巻、第1章にそれらしき記述があることを突き止めました。Grahamによる英訳版では、次のように記されていました
For supposing that some things are movables and others potential movers, if at some future time there will be some first mover and a corresponding moved thing, while at another time there is no motion, but only rest, it is necessary for this first mover to undergo a previous change. For there was some cause of its being at rest, for rest is the privation of motion. So before the first change there will have been a previous change.
Aristotle”Physics”, Book Ⅷ, Translated with a Commentary by Daniel W. Graham, p.2, Chapter 1
この記述の位置を参考にして引用元を突き止めようとしましたが、アリストテレスが公刊したとされる「Φυσικής Ακροάσεως」の原本は見つかりませんでした。代わりに、Bekkerが残した底本を参照することにしました。Grahamの翻訳にはBekker数が振られており、それをみちしるべにして、底本を調べました。さっきの引用に対応する箇所は次のようになっていました
ἦν γώρ τι αἴτιον τῆς ἠρεμίας᾽ ἡ γώρ ἠρέμησις ςέρησις τῆς κινήσεως. ὥςε πρὸ τῆς πρώτης μεταβολῆς ἔςωι μεταβολὴ προτέρω.
The Physics : Aristotle : Free Download, Borrow, and Streaming : Internet Archive
これから
必要なのは、やはりギリシャ語の知識ですね。せめてここで突き止めた文章の内容くらいは読めるようになりたいところです。が、今の私にはとてもとても手に負えないので、これから勉強して、そのうちまとめたいと思います
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