変態、そして生活環

昆虫の変態に気づくってよくよく考えてみるとすごくない?だれが見つけたの?
変態に気がついた人類はいまや生活環という概念も手に入れた、というお話

芋虫も、蛹も、蝶々も、それぞれ似ても似つかぬ風貌ですよね。
みんなちがって、みんないい。みすゞの世界

でもこれ実は、ひとつの生きものなんですよ。
私と小鳥と鈴はそれぞれ別物だけど、芋虫と蛹と蝶々は、同じひとつの生物

…と言われても、特段驚きはしません。このことを、私たちは常識的に知っていますね

さて、改めて考えてみると、どんな常識でも常識でなかった時代があるものです。
変態なんて誰も知らなかった時代、これらを見て、同じ生きものだと思えたでしょうか

この「芋虫」「蛹」「蝶々」が、ひとつの生物が見せる成長の一コマであること、つまり変態という成長の在り方に気がつくことは、とてつもなく大きな衝撃でした

おそらく情報なんてすぐには手に入らない時代に、自分の眼でもってそれを知ったときの驚きと感動を思うと、うらやましいですな

Maria Merianという女性をご存知でしょうか

ドイツはフランクフルトの生まれで、昆虫の生態をヨーロッパと南米で調査しながら、芸術性の高い絵画でその成果を世に知らしめた方です

彼女はおもに蝶や蛾の研究をしていました

そして「芋虫」「蛹」「蝶々」と連なる変態の様子を報告した、最初の科学者のひとりなのです

1679年に発行された著書が、その報告だったと思われます

ドイツ語で書かれたその本は、「Der Raupen wunderbare Verwandlung und sonderbare Blumennahrung(幼虫の素晴らしい変態と風変わりな食草)」という題名でした

Sonderbare(風変わりな、奇妙な)というのは、当時のヨーロッパの人々にとって南米の熱帯植物が珍しいものだったことを示しているのでしょう

そしてnahrung(食物)という単語にblumen(花)とつけるあたり、彼女が熱帯植物の色あざやかな花や果実の美しさまでも伝えようとしていたのではないか、としのばれます

さきほど、最初の科学者のひとり、と書きました

その時代は昆虫の変態というのがまだ比較的あたらしい分野で、ほかにも次のような研究発表がありました

Joanne Goedartioによる「Metamorphosis et historia naturalis insectorum(昆虫の変態と自然史)」が1662年から1669年にかけて、3巻にわたって発行

Jan Swammerdamによる「Historia insectorum generalis(昆虫総論)」が1669年に発行

こういった発表がなされるまで、変態という現象はどのように解釈されていたと思いますか?

Aristotelēs(アリストテレス)が現れてからというもの、それまでの学者たちは変態を魔法、奇跡的な生まれ変わりだと考えていました

たしかに私たちは時々、「虫が湧く」というような表現を使うことがあります

この「湧く」という言葉、ほかにも「清水が湧く」「疑問が湧く」「興味が湧く」「胸に湧く気持ち」「涙が留めどなく湧く」などなどの表現にも使われます

こう言うとき、その虫や疑問や涙がどうして、どうやって現れたのかはわからないけれども、でも確かに何らかのチカラがはたらいてそうなった、という感じがあります。つまりブラックボックスです。そしてそのブラックボックスを当時は奇跡だと捉えていたのですね

今やこのブラックボックスは明るみにとけてしまいました

わたしたちは、芋虫がやがて蛹になることを知っています

そして蛹から蝶々がうまれる姿を想像することもできます

さらに言えば蝶々に限らず、ゴキブリであっても、蛙や鳩や人間であっても、(広義の)動物はみな同じように成長してゆくこともわかっています

それが生活環です

眼に見える動物のすがたかたち、生活の在り方は千種万様です

それでもその奥に受精、胚、誕生、幼生、成体という普遍的な発生過程が横たわっています

受精:精子と卵の融合によってひとつの細胞がつくられること

胚:受精から誕生までの間、ひとりで栄養をとったり呼吸したりできない状態

誕生:ひとりで生活する準備が整い、外の世界に現れること

幼生:性的に未熟な子ども時代

成体:成熟し、精子や卵といった配偶子をつくれるようになる大人時代

成体になるとタイミングを見計って配偶子を放出し、再び受精から順番に発生過程をたどります

変態とは、幼生から成体へと移るライフイベントだったというわけですね

以上、昆虫の変態に気づくって実はすごくない?
その発見は生活環という概念にまで発展しているよ、の巻でした

参考:
スコット F. ギルバート「ギルバート発生生物学」, メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2015年3月, 序文
ケイト・ハード「マリア・シビラ・メーリアン作品集 Butterflies」, グラフィック社, 2018年4月, p.13

comment

タイトルとURLをコピーしました